江戸時代、松しかない場所だったことから名付けられた「有松」。何もないからこそ新たな産業として興された有松・鳴海絞(ありまつ・なるみしぼり)はかつて100種類を超える技法を有し、国の伝統工芸品にも指定されるなど大きな進歩を遂げました。しかし近年ではこの「一人一芸」の技を受け継ぐ者が減少、70種類ほどまでに技法の数を減らしてしまいました。そんな中、有松・鳴海絞に魅せられ厳しい職人の世界でしなやかに活躍している若手職人がいます。今回は有松・鳴海絞 括り(くくり)職人、大須賀 彩(おおすか あや)さんにお話を伺ってきました。
19歳の時に大学の授業で有松・鳴海絞会館に訪れ展示してあった作品を見て衝撃を受けたのがきっかけです。一見どうやってあるのかわからない柄を見て「私もやってみたい」「覚えたい」と思ったのが始まりです。
最初に弟子入りしたsuzusanでの8年間、山上商店の2年間で自分に何ができるのか、絞りで何ができるのか、お客様のニーズのあるアイテム・柄・色を作っては販売し直接店頭に立って勉強しました。答えはいつもお客さんが教えてくれるのです。
ただ、この世界に入ってからは正直悔しいと思った経験の方が多いです。はじめは加工費や労働時間など職人の世界独特の環境に衝撃を受け、一体何をモチベーションにやっていったら良いのかわかりませんでした。その中で自分のできること、自分にしかできないことを探していきました。
これまで絞り職人は、8工程ある中の1工程でしかなく、デザインすることも自分が絞った商品が何色になり、どのような場所で販売されているのかも知り得ませんでした。そんな中で、デザインから提案し、見合った価格で、自らの手で提供したいという思いが芽生え、自身のブランド『Aya Irodori』を立ち上げるに至りました。
実は現在、妊娠中なんです。はじめは戸惑いましたが、職人だから出産を諦めるという選択はしたくなかったし、きっと大変だろうけど出産・子育てと職人の両方を「やってやろう!」という気持ちが強いです。また、これまでずっと走り続けてきたので少しペースダウンする良いきっかけになりました。気持ちがゆったりしてくると、これまでとは違った視点で興味の幅が広がり、今は天然のものや化学薬品未使用の染色などにとても興味があります。天然100%の「正藍染」は抗菌作用もあり、赤ちゃんの肌にとても優しいんです。かつては有松にもあったものですので、ぜひ復活させたいです。将来は自身の工房・店舗を持ち、オーガニックな商品の販売や、絞り染めが好きな人が集まれるような場所にできたらいいなと思っています。
かつて有松には、自分が欲しいと心から思う商品はなかったそう。そんな大須賀さんが手がける作品はどれも今すぐ使ってみたくなるような、オシャレで心が弾むものばかり。絞りを伝統と捉えるのではなく、一種のデザイン・パターンとして捉えることで幅広い挑戦をしています。
大須賀さん自身初めて手掛けた反物。デザイナーさんとのコラボ商品で、運良く納品前に見せていただくことができました。(手にしているものは試作品で、手前の括ってあるものが納品する完成品)
今回の大須賀さんの取材の中で、「なんでだろう?」「もっとこうしたらいいのに、どうして?」そんな言葉がたくさん出てきました。それが大須賀さんの原動力なんだろうと感じました。これから先も、有松・鳴海絞という伝統工芸の世界で新風を巻き起こし続けて欲しいと思います。
20歳の時にsuzusanに弟子入りし、大学・大学院と絞り染めを研究。名古屋学芸大学ファッション造形学科の専任助手として働きながらも修行を続け、今では職人12年目を迎える。百貨店で実演をするなど、括り職人としてハイブランドからファストファッションまで幅広く関わってきた。第23回, 24回有松絞りまつりで作品を発表し最優秀賞を受賞(第24回有松絞りまつり)。その後も400年続いた有松鳴海絞りを現代に活かした作品で数々の賞を受賞する。2017年4月に独立し、100種類以上ある技法の中でも『若手初の手筋絞り』職人を目指している。